桜咲く

言葉にすれば、すぐに色褪せてしまうけど、
桜が開いている。
それは私には切ないことでもあった。




どの時期が満開かなんか、小さな頃から興味がなかった。
ただ、一輪の桜の花が咲くだけでも
儚くて弱くて薄くて、
うすピンク色の小さなそれは、生命力のない自分みたいで、
それらが群れをなして咲くから、
見るというより、その気配を感じることしかできなかった。
それよりも、傷つかないように明日を生きるために、
とりたてて考えられる材料もなく、悩んでいたように思う。



今はその一輪一輪がいかに生きているかが少しはわかるようになった。
ごつごつしたたくましい樹幹から、毛虫やなんやらを纏って、
咲かせては散り、咲かせては散りしている姿を正面から見られるようになった。
頭がぼーっとする春にぴったりな花だ、
から、
きれいだな、と花びらを触ってしまえるまでになった。
感傷的に涙なんか流したり。
それがいいことかどうかもわからないけど、
私は間違いなく流れてきた。
時とともに。

最近思うことだが、色に触れ、イメージを表しそのイメージを知ろうとすると、
過去の自分が多少なりとも変化することがある。
過去を生きていた自分を、今の自分がどのように見るかということについて、
根っこのネガティブさは変わんけど、広がる。
色は私を始原へと戻してくれるようなところがある。
そう、やっとこの年になってようやく
心から、桜をきれいだな、と言えるようになった。
心から、桜見るの辛かったな、と言えるようになった。
でも、どうしてきれいか、なんて、言葉にまだまだならないや。
どうして辛かったのか、もまだまだ言葉にならないや。