2018年4月24日火曜日

青の授業の感想

受講生の方達が、授業を受けたあとに書いてくれた感想文を一部抜粋して紹介しています。どうしてこんなことを始めたかというと、みなさんが一生懸命書いてくれる感想を、寝かせておくにはもったいないからです。

それでは今回も本科・色彩環講座「青の本質への接近」の一部抜粋です。

・青という色彩を扱って、イメージしていくことで、心は何とも言えないうごめきを発し始めるように感じます。青が包含するものと向き合い、その強さを身につける力を授けてくれるのも青なのかもしれないと思いました。

・青をさわっていると気持ちがいい。青をさわっていて最後は宇宙の中の暗闇の中で、中心の少し明るい部分に自分がいて、闇に包まれて要る感じがした。闇に包まれているのはちょっと怖いけれど、ひとりになりたいといには必要な場所のような気がした。

・青=海=母なる海というイメージはあったが、青の始原の力に母性があって、その母性に生と死の2つの面があるとは思っていませんでした。

・青、無意識、本日のところ、胸におちなくて、まだまだ向き合う時間が必要です。
イメージする力が乏しくて、身近な物体と結びついてしまい、動きや流れよりも形にとらわれがちなところがあることを知りました。

・私たちの始原から語りかけてくるものを大切に扱って近づいていくことで、自我をたくましくしていけたなら、私は世界を広げて自由な心でいられるのでしょう。今回の講義で、青に対する愛おしさが湧き上がってきました。

・今回の青のワークでは、私の青との距離がまだまだあるということを気づかされました。青の輪郭をずっと置いておきたかったという意識が作用して...広がっていこうとはしなかった。私の中の未熟さも思い知りました。青の本質、自然を知ればしるほど、人間そのものの不確かさを痛感します。

・求めている青がある。薄くて明るくてムラもなく、境目もなく、継ぎ目もなく、均一な青。自分の手では作り出せないけれど求めている青。ごく薄く明るく白を含んだ青。例えば青空としたら、太陽の光によって紫やピンクやオレンジに変化させられるけれど、濃い青がそれらの色をのみ込んで、そのうち、また薄くて明るい青が表れる。

・青に包まれているととても静かで、それまでの出来事を自分の側からだけでなく、ちょっと離れて見ることができるような気がする。

・私はどちらかというと、常に「反自然」であることを自分にもまわりの人にも要求してきたのかもしれない。

・世の中で起こる痛ましい事件も、子育てをしていると1つ間違えれば自分自身が起こしてもおかしくないと思える時を幾度となく経験してきました。それは、青の中に投げ出された経験だったのだろうと了解しました。その時に青の中で立ち上がれるだけの黄をしっかりと育んでいけるだけの自分でいることが必要なのだろうと思います。あるいは自分を通して青なるものに触れる体験が救いになっていくのであり、色について学ぶことが生きるということそのものなのだと確信できた時間でした。

・ただ作用する「自然」をあるがままにうけとめることはまだまだ難しい。青の中に入っている人を見ると、どうしても起こそうとしてしまう自分がいる。私の中の未熟な部分が明確になってきた。

・濃い青に侵食されたくなくて、抵抗しましたが、かなわなかった感じ。



以上です。
青という色が、どれだけ私たちの底辺や基底のようなものに限りなく広がるものであるか、また圧倒的なものであるかということを読ませていただきながら感じていました。
ありがとうございました。

次回の本科・色彩環講座は「青の心理学」です。5月12日(土)に開講します。
単発受講できますので、ご興味がおありの方はどなたでもご参加してみてください。
心理学的知識がなくても、十分に学び進めることができます。
また、「青の本質への接近」を受けられた方は、「青の心理学」において、体験をもって心の作用を整理してもらえたらと思います。